抱っこ紐に赤ん坊を入れた状態で、シャカシャカシャカ・ザザーと音を立てる楽器をふり回しながら、そろそろと四歩あるいてはゆっくり身体を反転させて、四歩戻る。この往復の繰り返し。なにかの舞踊めいた動きは宗教的な儀式のように見えるかもしれないが、これは私の子が二ヶ月になった頃に行っていた寝かしつけ作業の様子だ。ポイントは、歩く振動を与える事と「レジ袋音のラトル」(ピープル社)のサウンドを聴かせる事。ゆっくりと四歩分の区間だけを往復するのは、狭い部屋の中で歩き回る際の予想外の事故を防ぐためだ。
泣きわめく赤ちゃんをゆっくり揺らすと静かになり、やがて安らかに眠る。赤ちゃんのあやし方についてのステレオタイプ的なイメージだが、実際に抱き上げて揺らすのはとても効果がある。「揺さぶられっ子症候群」というものもあって揺らしすぎると危険、という事も知られているが、これは極端な揺さぶり方をした場合に起きるもののようで、普通に赤ちゃんの様子を観察しながら揺らす限りでは問題は起きないと思う。「揺さぶる」と「揺らす」の語のニュアンスの違いから、危険な動きと安全な動きの差異が読み取れるかもしれない。あるいは「ゆらゆら」と形容できるような範囲に留めておけばきっと安全だろう。
実際には「ゆらゆら」とは言えないような動き、ゴロゴロゴロと移動するベビーカーの細かい振動や、電車や車の振動でも子は静かになった。少し成長してそれなりに度々電車に乗るようになると、駅で停車すると不機嫌になり、電車が動き出すと大人しくなるという事も見られた。先述の「儀式」のように、抱っこ紐に入れて部屋を歩き回るのなんかもう最高という感じだ。揺れや振動で静かになる子の様子を見ていると、これは移動の感覚に対する生理的な反応なのかなと思った。
サルの親は自分に子供を抱きつかせたり、片手で子を抱えて移動するが、移動中にバタバタとあばれる子供は親の体から落ちてしまい、死んだり怪我をしたり、あるいは捕食者からの逃走中であればより深刻な事になっただろう。我々の祖先がサル的な生き物だった頃にもそのような経験をしており、移動に反応してじっとおとなしくする機能を持つ赤ちゃんは生き残り易く、それがヒトに受け継がれている、という事なのかもしれない。そう考えると、自分の子供が数千万年にわたる生物的な資産をしっかり受け継いでいるという風に感じられて、突然頼もしく見えてくる。
他に、「赤ちゃんが持つ反射」としてよく紹介されているものの中でも、びっくりした時に手足を突き出してこわばらせる「モロー反射」は親ザルに抱えられた子ザルが落とされるのを防ぐために役立つものだと言われる。「把握反射」はそのまま、親ザルの体毛にしがみつくための機能だろう。またサルだけではなく、ネコの首の後ろをつまむと動かなくなるのもおそらく同様で、親ネコが子ネコの首の後ろを噛んで運ぶ際に、子ネコが暴れて落ちないようになっていると考えられている。移動の際に赤ちゃんが動かなくなるしくみは、他にも多くの哺乳類が持っているかもしれない。
赤ちゃんを揺らすとおとなしくなる事について、たまに「海の波のようなゆらぎが赤ちゃんのリラックスをさそう」といったロマンチックな解説も目にするのだが、実際には移動中にじっとしていないと死ぬのでじっとしているようになったという話で、その特性を利用して、泣きわめく子を静かにさせ、そして寝かしつけたりしているわけだ。(続く)